あ し あ と 。

生きてます。自由に。

チセを建てる〜その二 木の伐倒

チセづくり、祈りが終わって許可を得て、いよいよ実務開始です。

 

今回はたくさんのひとに知って欲しい、関わって欲しい、ということで

わたしが理事長をつとめる

NPO法人ハチドリ でのワークショップ形式にしました。

 

となると

ただ適当に「さ〜そこの木を倒すか〜」てなわけにもいきませんので、

プロ、講師をお呼びして、しっかりと学んでいただきます。

 

 今回集まってくれたのは高校生からめんこい女子まで全道各地から8名。

 

 

場所は平取町二風谷

道内でもアイヌ人口が一番多い土地です。

 二風谷の「アイヌ文化博物館」にあるチセを見ながら

 

 

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二風谷でシケレペ農園を営む農家であり学芸員の資格も持つ、自称「マルチ百姓アイヌ」の貝澤太一さんから

まずは「チセとはどういった建築物なのか?」を教えていただきます。

 

 

 
 
 

一番大切な幣場の方向、二風谷の場合は東向き。

チセを建てる時は一緒につくるものとして、食品庫、熊檻、便所、物干しなどがあります。

 

太一さんのおじいさんが建てたというハイブリッド(茅葺き&板葺き)チセを見せてもらったり

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外はトタン屋根×板葺き

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中は茅葺のチセ

 

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ダムに沈んでしまったチセは、川上にむかって建っていたそうで

そもそも絶対東向きであるわけではなく、

「なにを大切にするか」で幣場の位置も変わる。

二風谷の場合は、山に向かう、川上に向かう、東向きであるが全て揃っているので問題無いわけですね。

 

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ダムの脇には茅が生えていて「次回はこれを刈るんですよー」で盛り上がる。

茅刈りって楽しいのでは???

 

 

 

 

最後にみんなでチセの前でパチリ。

太一さん、ありがとうございました!

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木を倒す現場へ移動、今夜みんなで宿泊するチセで昼食。

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今日から参加のみなさまは各自持参していただき、

昨日から泊まっていた我々はレラさんの作ってくれたごはんをいただきました。

 

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チセで食べるとなんでも美しく美味しく感じるのは何故だろう?



腹ごしらえが済んだら、いよいよ午後の作業!

プロきこりの指導による「木の伐倒」です!!

 

午後の指導は昨日、木への祈りもご一緒してくれた

 里山部 


の清水さんです!!

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里山部主宰清水さん



 

「チェーンソーを使ってみたいひと?」

4名がチャレンジ!!

 


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男子高校生、初めてのチェーンソー姿決まってます!!

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わたしを含め「いや、チェーンソーはいいっす」チームは既に倒れている木の皮むき作業。

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まずは師匠のレクチャー

 

『木の皮を剥く道具』というものが存在することも初めて知りました!

わたしはどちらかというと鉈のほうが剥きやすい氣がしました。

鉈派と剥き器派と分かれるようです。

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剥く作業が思いのほか楽しく(綺麗に剥けると気持ち良い!!)夢中になってるすきに、既にけっこうな数の木が倒れている!

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それらを引っ張って移動して(これまた重労働)

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みんなで剥き剥き…

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あとはひたすら

清水さんが倒す

移動する

枝をはらう

皮を剥く

を交代しながら、作業を進めて行きます。

 

「Myチェーンソー」を手に入れてご満悦の夫も

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玉切り作業をがんばります!

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倒す

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運ぶ

 

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剥く



ひたすらひたすらそれを続けて、あっという間に日が暮れて。

冬は暗くなるのが早い!作業もスピード勝負。

 

 

 

一日中外での作業、夜は温泉でからだをあたためて。

 

風呂上がりにはビールをきゅっと。

労働して風呂入ってビール、最高すぎる!!!!!!!!!

 

 

 

 

今夜はほとんどのかたがチセで就寝。

みんなで火を囲んで語らう。

 

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冬のチセはかなーーーーーり寒い!!

 

 

 

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アペフチカムイと共にエカシから聴くはなしは胸に響く

 

 

 

 それぞれに想いをのせて、おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

 

 

母屋でレラさんの作ってくれた朝食をいただき、すぐに現場へ。

 

 

 

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二日目はみんな慣れて来て、作業も早く、余計なおしゃべりもなく、黙々とそれぞれが作業を進めます。

 

 

初日は体調不良で来れなかったポンペさんも到着。

指示が飛び交い、一気にムードが上がります!!

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作業がはかどる!!

 

 

 

 

 

昼食はレラさんお手製鹿肉カレー!

薪ストーブで煮込まれたトロトロのカレーは絶品でした♡

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昼食時にポンペさんから身の上話を拝聴したり

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なんとムックリの演奏まで聴かせてくれました!!

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午後はあっというまに暗くなる〜!

早急に作業を進めます

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チェーンソーの音が止む事が無い森の中。

次々と倒れる樹々。

 

あるときは、刃を入れた木がアパートのほうへ傾き

全員が息をのむ瞬間も。

 

 

 

「お願い!そっちへいかないで!こっちへ来て!!」

 

 

 

 

それでも

 

清水さんと相方なこちゃんの素晴らしいコンビネーションで

ちゃあんと木は狙い通りの場所へ倒れた。

 

すごい!!!!

 

ドキドキ

ハラハラ

感動。

 

 

 

 

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この日も暗くなるまで清水さんは木に登り木を倒し

全力で仕事をしてくれた

 

 

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見守るわたしたちとしろくなっていった樹々

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はてなで動画をアップできないのが本当に残念。

 

木が倒れる瞬間は、生で見る&聴くともの凄い迫力!!

 

 

 

こうして

眠っていた木が

伐られて倒れて

わたしたちの手によって

家になっていく

 

 

 

 

木も

わたしたちも

 

 

 

それぞれに想いをのせて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あっというまに日が暮れて

今回のワークショップは終了。

 

 

 

 

 

いや、まだだっけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に、チセで

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この二日間、無事に終わった事に感謝し

見守ってくださったイナウを燃やす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後にまたみんなで。

 

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倒した木にサインしてもらったり

この木はどこのどの部分になるのかみんなで相談したり

この木は絶対わたしが綺麗にするとこだわって剥いたり

 

 

 

 

 

こうしてみんなの気持ちが

チセにこもっていくのだと思うと

 

わたしたちも胸が熱くなります。

 

 

 

 

参加してくれたみなさま

ほんとうにありがとうございました!

 

 

でも、使う木はまだまだ足りません(汗

 

作業はこれからもつづきます!!

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

 






 

チセを建てる その一〜許可を得る

いよいよ始まります。チセづくり。

 

いよいよなんだなぁ。

本当のことなんだなぁ。

いまだ、夢みたい。。。。

 

 

 

さて、いよいよ建てるといっても

まずはやることがあります。

 

日本式なら地鎮祭から、でしょうが

 

アイヌ式ではまず「許可を得る」ことからです。

 

 

この土地の、この場所にチセを建てても良いか?

カムイにお伺いをたてる、『夢見の儀式』を行います。

 

 

まずは一番大切な幣場をどこにするか。

 

カムイの拠り所となる幣を並べる場所を決めてから、建物の位置が決まります。

幣場があり、神窓があり、炉から土間と入口が続きます。

 

 

この時点で幣場は東向きのレラさんがカムイノミをした場所を幣場としました。

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カムイノミを行うために、まずは三脚づくり。


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中川エカシが川から柳の木を伐って来て、素早く拵えます。

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家の大きさはだいたい三間×四間。

測って、家の四隅を決めます。

 

 

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家の炉にあたる場所に三脚をたてます。

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三脚に、これもささっと拵えた炉鈎をつるします。

 


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炉鈎の下に火をおこします。

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ここに、アペフチカムイに来てもらいます。

 

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チセづくりに関係する全ての人が並んでカムイノミを行います。

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 神々に祈りを捧げ、この場所の使用許可を願います。

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無事に終わり、ホッと安心。

 

この後、7日間、参列者が悪い夢を見なければ許可がおりたことになります。

 

7日間でわたしの唯一覚えている夢は

以前住んでいた家(近々取り壊されることになっている)に

いろーんなひと、親しい友人からそうでもない知人、芸能人にいたるまで、がその家とまわりにウロウロしていて

別に特別ピースフルなわけじゃなく、喧嘩したり嫉妬したり怒ったり人間として生々しい感じが印象に残る、そんな夢でした。

 

悪い夢ではありません。

 

わたし以外のひとも楽しい夢をみたり全く夢を見なかったりで

この場所での許可は無事おりたようでした。

 

 

ですが。

この時点で幣場は東向きのレラさんがカムイノミをした場所、としましたが

 

その後いろいろ調べたりするうちに東向きとは限らないこと、

川上に向かって、あるいは何に重きを置くかで方向が変わることなどを知り

この土地であればピンネシリに向かって(必然的に川上に向かう)のほうがしっくりくるような気がしています。

 

その場合(場所を変える)は再度夢見の儀式をするようなので、建てる前にまた行うかもしれません。

 

 

 

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建てる場所の許可がおりましたら

次は使う樹々の許可をいただきます。

 

今回木の伐倒をお願いした、里山

www.satoyamabu.com

の、清水さんと共に、倒す樹々の下見。

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すぐ隣にはアパートと車が並び、逆にはプレハブが…( ;´Д`)

森の中とはまた違う環境、プロきこり清水さんの手腕が発揮されます!!

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さて、この樹々の現在の持ち主であるレラさんから、木への祈りの仕方を習い

カムイノミを行います。

 

トゥキ(酒器)に御神酒を入れ、イクパスイ(棒酒箸)で木に酒を捧げ

米と塩も捧げ挨拶をして行きます。

 

 

 

 

 

 

 

森の中を歩き
わたしたちのチセに使わせて下さいと
一本一本の木に挨拶とお願いをすると

 

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静かに眠っているかのようだった森が
次の役目を果たすために目醒めて
明るく輝いた瞬間を目の当たりにしました。

 

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木達は納得して
伐っても良いと
許可を出してくれたのでした。

 

森の中に居た樹々は
伐って倒れた瞬間に
シランバカムイ(森の神)から
チセコロカムイ(家の神)へ
管轄が代わります。

ありがとう。
あなたたちと一緒に
これからも森を木を守りながら
チセとともに暮らしていきます。

 

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レラさんに教わった木へのカムイノミのことば

 

 

 

ニ コロ カムイ チセ アコロ カムイ
チセ コロペ キノクニサトシ、ユキコ アンルェネ
エアニ コロ シランバカムイウタリ エプンキネ アンルェネ
ピリカ ラマツ コロ エンコレヤン
エプンキネ オリパク オンカミ アンナ

 

木を持つ神よ チセを持つ神よ
チセを持つ者は 紀國聡と雪子と申します
あなたの持つ森、木の神の仲間を
良い心で守りますので
どうぞ、わたしにお渡しください
どうぞ、お守りください
謹んで礼拝いたします

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全てが終わった瞬間、

ほんとうに森の中の空気が変わったのです。

穏やかな、優しい氣に満ちあふれていました。

 

 

 

はてなでは動画のアップロードが出来ないので

清水さんがアップしてくれたFacebookでの動画をどうぞ。

こんなふうにして、一本一本に挨拶をしました。

www.facebook.com

清水さんも。

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夜は夜で、チセの中でカムイノミ。

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捧げる食べ物とお菓子と果物

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明日からの作業が無事に進むよう祈りを捧げます。

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シランバカムイ

チセコロカムイ

アペフチカムイ

 

今日はありがとうございました

明日もどうぞお守りくださいますよう

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そして

当然のことながら(!?)

このまま酒宴となりまして。

 

チセで炉の火を眺めながら語る最高の時間。

 

木達が納得してくれて、良かった。

きっと素晴らしいチセが建つはず!

 

素晴らしいチセになるよう

わたしたちも精一杯がんばろうね!!

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

ミツバチとトイチチリ

チセづくり報告に入るまえに、休憩をかねて、ひとつお話を。

 

 

わたしがこれから活動するなかで

忘れてはいけないことがある。

 

それを、最近また改めて思い知らされるようになった。

 

 

小さなミツバチと

小さな鳥が教えてくれる、「忘れちゃいけないこと」。

 

 

 

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わたしがここ最近ずっとつけているペンダント。

 

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アクセサリーはピアス以外は好きじゃないわたしが

2年前、なんとなく購入して、外出時にたま〜につける程度だった

【ミツバチエッセンスのペンダント】。

当時はミツバチっていうだけで胸キュンして購入、

しばらく存在も忘れてしまいこんでいたこの子が

 

数ヶ月前にひょっこり出て来てまたつけるようになった。

なんとなく、必要な気がして。

 

このペンダントはニホンミツバチの生命エネルギー(波動)をボトルに転写している(物理的なものは一切入っていない)、というもので

 

今さらながらその意味等を調べてみると…

 

 

キーワード:

行動力・共振力・テレパシー能力・グループ全体の意識向上・集合意識とのバランス・コミュニティ構築(全体の中での役割意識を明確にする)・ネットワーク力を強める

 

・個と全体とのバランス感覚をとり、全体の中での役割意識を明確にする。 
・周囲とのコミュニケーションを円滑にし、グループ全体の意識を向上させる。
・コミュニティ構築の際、共振力を高めることで、ネットワークシステムを確立させる助けに。
・行動力を高め、的確なタイミングで、必要な情報を受け取り、実行に移すことができるようになる。

 

これから訪れる新生日本で、コミュニティを形成していきたい方にはおススメです!

 

と、ある。

 

 

 

 

 

 

コミュニティの形成…

 

ん〜〜〜〜

またしてもそこか、と苦笑いしながら膝を打つ。

 

 

わたしが意識しなければいけないのはそういうことなのか。

 

 

 

 

 

 

ハッキリ言って、正直言って

わたしはそういうものには全く興味が無かった(キッパリ)。

 

わたしは自分ひとりで自由に楽しく生きてりゃいい(そうしたら周りも勝手にそうなるだろ)と思っているので

「みんなで一緒に!」「助け合って!」とゆーのを強制されるのがとっても苦手。

 

お互い好き勝手やってる者同士が、それぞれ「それいいよね〜」って認め合って好き合ってる『域』が好きなので

依存性のある人が近寄るのを極力避けるし

きっつい事を言ってしまえば

かまってちゃんとかメンヘラはほんとーに嫌い。

 

 

 

そんなわたしがコミュニティの形成なんかwwwwwww

 

 

 

と自虐的に笑っている場合ではない。

 

 

 

 

 

「こうあるべきなのだろう」と嫌々わたしが変化するわけでもなく

「こうじゃなきゃ嫌!」と今までどおり拒否するわけでもなく

 

 

わたしなりの、コミュニティのつくりかたがあるんだろう。

 

今はそう思っているし、なんとなく、それは見えて来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

トイチチリのおはなし。

 

 

 

 

わたしが理事長をつとめる『NPO法人ハチドリ』は

南米に伝わる『ハチドリのひとしずく』というおはなしから名前をいただいた。

 

 

 

 ********

森が燃えていました


森の生きものたちは われ先にと 逃げて いきました


でもクリキンディという名の
ハチドリだけは いったりきたり


口ばしで水のしずくを一滴ずつ運んでは
火の上に落としていきます


動物たちがそれを見て
「そんなことをして いったい何になるんだ」
といって笑います


クリキンディはこう答えました

 

「私は、私にできることをしているだけ」

 

************

 

森が燃えていました。
森の生きものたちは我先にと逃げて行きました。
でも
クリキンディという名のハチドリだけは
行ったり来たり 
くちばしで水のしずくを一滴ずつ運んでは火の上に落としていきます。
動物たちがそれを見て「そんなことをしていったい何になるんだ」と言って笑います。
 
クリキンディはこう答えました。

「私は、私にできることをしているだけ」



詳細を読む: http://www.hachidori.me/Z

 

 

 

 

ひとりひとり、自分が出来る小さなことから始めよう!をスローガンに

わたし自身「できること」を増やしていっていた。

 

 

 

 

 

 

レラさんにハチドリの由来を聞かれてそう答えると

 

「おや!そのはなしは、アイヌユーカラにもあるんだよ!」と教えてくれた。

 

そのときはおおまかに聞いただけだったけど

トイチチリという小さな鳥が人食い熊とたたかう話だった。

 

いつかレラさんの語るユーカラで聴いてみたい、そう思っていたら

岩手へ行ったときに(このときのお話はまた別に)聴く事が出来た。

 

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目を閉じて聴くユーカラ

わたしのあたまのなかで暗い目の前で繰り広げられる、叙情詩。

 

 

 

 

 

《ここからはわたしがぼんやりと覚えている内容をまとめたもので正確では無いかも知れません。また、ユーカラとして残っている話を検索してみましたが同様の話は見つかりませんでした。もしかしたら新しい創作かもしれません。》

 

 

 

 

*****************************

 

 

 

 

人食い熊が山に現れて

森の動物はみんな逃げた

 

トイチチリという小さな鳥が弓矢の名手の神様に助けを求めに行った

仕度をするから待っていなさいと告げられ

トイチチリは神様が来るまで自身で熊と戦った

熊の耳に入り鼓膜をつついたり、くちばしで一本一本毛をむしったり

熊に振り払われ傷つきながら神様が来るのを待った

 

何度神様に催促に行っても「今行くから」と待たされ

その間ずっとトイチチリはひとりで戦った

 

そうしているうちに

 

トイチチリと同じような小さな鳥が

トイチチリより少し大きな鳥が

もっと大きな鳥が

違う小さな動物たちが

 

トイチチリを助けるようにそれぞれが自分が出来る攻撃をしていった

 

そうこうしているうちに

やっと神様がやってきて

 

弓と矢を持って幾晩も森のなかを走り回り

 

ついに

人食い熊を倒した

 

トイチチリは尋ねた

「どうして夜の暗闇で熊を倒せたのですか」

 

神様は語りかけた

トイチチリよ」

 

「おまえが自分が傷つきながらもひとりで闘い

その姿を見た他の者が同じように闘い

人食い熊は弱っていたのだ

わたしが夜中でも熊を撃てたのは

小さな蛍が熊の目の回りに止まっていたからわたしは狙いを定められたのだ

 

皆がそれぞれに働いたから、こうして人食い熊を倒せたのだよ」

 

 

 

 

 

******************************

 

 

 

 

ハチドリと同じようでいて、少し違うトイチチリのおはなし。

 

聴き終わって、こみ上げるものがあって涙がポロリ落ちた。

 

 

 

 

 

 

小さな鳥トイチチリがひとりで奮闘していたら

それがみんなの心に火をつけて…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後も何度もレラさんに「トイチチリなんだよ」と言われた。

 

どんなことでも、たとえ独りでも、一生懸命働いていたら、誰かの心を動かすんだよ。

 

 

「バカ!トイチチリだろ!」と怒られたこともあった。

 

『レラさんが皆に声をかけてくれたらきっと(わたしたちが手が届かないくらい)スゴイ人たちが協力してくれるんだろうなぁ』みたいな、浅ましい想いで発言したとき。

 

「一生懸命働いてる姿が人を動かすんだ。それもしないで何かを得ようなんてダメだ!」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

ある日、家でiTunesを聴きながら掃除をしていた。

 

何気に流れて来た、中島みゆきの『ファイト!』。

 

今まで「なんとなく聴いた事ある」程度の、思い入れも何もない唄。

 

なのに、そのとき

 

 

 

 

 

ファイト!

闘う君の唄を

闘わない奴等が笑うだろう

ファイト!

冷たい水の中を

ふるえながらのぼってゆけ

 

 

 

 

 

という歌詞を聴いて

 

 

 

 

気付いたら号泣していた。

夫に胸を借りて、わんわん泣いていた。

 

 

 

『冷たい水の中をふるえながらのぼってゆく』のは

「ホッチャレ」と呼ばれる、産卵が済んだメス鮭のことだ。

 

メス、女、だからこそ

次に繋げるためにカラダを張って命をかけてやることがあるんだ。

 

 

懸命に、懸命に!!!!!!!

 

 

 

闘って来た。

 

 

常識と。

世間と。

同調圧力と。

 

 

「おまえなんか」と言う、奴等と。

 

 

 

 

 

 

それよりもなによりも

 

そんなものに負けてしまいそうになる、

弱い自分と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今まで、闘っている事を辛いと思ったことは無いのに。

 

 

闘わない奴等に笑われても何とも思ってなかったのに。

 

 

 

 

泣きながら

わたしは本当は闘いたくないんだな、って思った。

 

 

わたしがアイデンティティを保つ為に

それだけのために

 

 

 

たぶん、今まで、いきがって頑張って来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、それもおしまいなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ミツバチは『個』を持たない。

命をかけて働くのは『群』のためだ。

 

女王蜂と働き蜂なんて言うけれどそこに優劣があるわけではなくて

 

女王は子供を産むという仕事をし

オス蜂は女王と交尾するという仕事をし

メス蜂は子を育て巣を守るという仕事をする。

 

ひとりはみんなのために

みんなはひとりのために。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

きっと。

 

 

わたしがわたしの仕事を一生懸命していたら。

 

 

 

 

どこかの誰かの心が動くのかもしれない。

 

 

 

 

そうしてどこかの誰かがまた一生懸命その人の仕事をしていたら

また、どこかの誰かの心が動いて…

 

 

 

 

なんとなく、そういう想いの同じひとが勝手に集まって

 

みんなそれぞれが

 

自分の出来ること、好きなこと、得意なことをやっているだけで

それが結果的にみんなのためになって

 

ミツバチのような『群』に

 

『個』と『全体』が同じように感じられる『コミュニティ』に

 

なっていくのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしはわたし

 

 

 

だけれど

 

 

 

 

 

わたしはあなた

あなたはわたし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういう感覚で、群が、コミュニティが、

 

 

そしてなによりわたしが

 

 

 

 

 

 

育って行くのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

楽しみになって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミツバチとトイチチリ。

 

いつまでも忘れないようにね、自分!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現実と意識の変容のリンクがオモシロイ、今日この頃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆだねきる旅、その後〜その四

 

 

出来ないときは、どんなに頑張っても、死ぬほど努力しても出来ない、叶わない。

なのに

「その時」が来たら、あっという間に出来たり叶ったりする。

 

しかも「え、そっちから?」「なんで今」みたいな

思いもよらない、想定外のことが起こって全て上手く行ってしまったりする。

 

 

 

 

 

或は

 

 

こっちの路を選んで懸命に進んでいたはずなのに、気がつけばこっちに居た。

 

これがわたしの生きる道と思っていた事全く違う道に進まされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分に対しても、周りに対しても言えるのは

 

「こればかりは仕方ない」。

 

 

すべては天の采配と、タイミング。

 

自分のチカラで自分の思い通りになんてならない。

 

ちゃんと、やるべきことがやるべきタイミングで用意されているのだから、お任せるしかない。

例え、いま周りから認められなくても。

 

 

 

そう、それが、「ゆだねきる」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

今思えば、猫が我が家に来る事になったのも、大きなきっかけだった。

(『猫騒動』は改めて別記事で書きます)

 

 

レラさんのカムイノミで出逢って、滝行を教えてくれたり、一緒に岩手に行ったりしたまりちゃん。

二風谷でのカムイノミからの帰り、「友達が、誰か要らないかな?って写真送って来た」と

キャットタワーの画像を見せてくれた。

 

「わ!実は、わたし、猫もらうことになってるんだ〜!」

「え」

 

新十津川のるみこさんは保護猫活動もしていて、わたしがもらう予定の猫が産んだ子猫の里親を捜している、と伝えると

 

「…実は…」

 

家族のために猫を飼いたいと密かに思っていたそうで

「じゃあ、一緒に子猫見に行こう!」となった。

 

そうして、まりちゃんが新十津川に来る事になった。

(こんなことでも無ければすぐに新十津川に来てもらうことは無かっただろう)

 

 

わたしは、あのアイヌの碑がどうしても気になったので

子猫とのお見合いのとき「一度見て欲しい」とお願いした。

 

まりちゃんもレラさんと同じく「わかるひと」だから。

 

 

 

「ここでカムイノミをしたほうがいい」とまりちゃんは言った。

碑の前ではなく、川の近くの木の前で。

「ここに居る霊たちを(天に)あげなくては」と。

 

 

「レラさんに来てもらおう。その前に、聡くん(夫)とまたここに来れるようなら、お酒をあげてちゃんと挨拶して」と言われた。

 

 

 

 

 

 

その後、これも必要だよね、と言っていた

月形刑務所の近くの、囚人のお墓でカムイノミ。

 

このあたり、いや北海道の幹線道路は、アイヌや、囚人や、強制連行された朝鮮人中国人等が過酷な労働条件で作っていった道路だ。

 

参照:

開拓の基盤を作った囚人道路/月形町

監獄秘話 囚人が開いた土地 | 博物館 網走監獄

 

死んじゃってもいーし

死んじゃったらそのへんに埋めればいーし

トンネルなんか人柱になってちょーどいーし

 

くらい、「人として扱われなかった人達」の犠牲のもとで出来ているのだ。

 

 

今までのわたしは

 

なんとなく知っているようでそれほど興味も無かった。

 

いま、この時期に、こういう事実と向き合って

慰霊鎮魂の場を共にすること

土地のクリーニングにも繋がること

 

 

必要なんだろうな…

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

夫と新十津川に行く日が来たので、今度こそカムイノミの準備万端で(ちゃんと出来るかどうかは別として)向かった。

 

夫もこの碑の場所に来るのは初めてだったのだけど

「…凄く、氣が嫌な感じがするね」。

 

 

手探りながらもカムイノミ。

 

終わりかけたとき、ふたりの目の前にオオスズメバチが一匹、やって来た。

「ヤバい!!」

一瞬焦ったけれど、振り払ったりしては逆効果なのでジッとする。

 

まるで、品定めするかのようにわたしたちの周りをブンブンと飛ぶオオスズメバチ

 

わたしたちに悪意はありません、と伝え、黙って品定めしてもらう。

 

しばらくして、スッと去って行った。

 

認めてはもらえなくても「なんか、こうゆうやつ来たでー」と仲間に知らせてくれただろうか。。。。

 

 

 

 

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夫とこの地でカムイノミをする。

 これだけでも、ずいぶん気持ちが落ち着いた。

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「雪ちゃんの(NPO法人)ハチドリさんでアイヌ刺繍講座をやりましょう!」

レラさんにそう言ってくれたのも、まりちゃんだった。

 

 

わたしはどんなカタチでもいいからレラさんを札幌に呼びたくて、ずっとラブコールを送っていたのだけど、なかなか叶わず数年経ってしまった。

なのに、このまりちゃんの一言でレラさんがその場でOKを出し、一瞬で開催が決まった。

 

もちろん、まりちゃん自身刺繍を習いたいこともあったのだけど

刺繍講座をやれば、少しはレラさんの収入になる。

そして、札幌から新十津川に同行してもらって、カムイノミしてもらえる。

そういう想いで頼んでくれて、実現した。

 

ーーーーーーーーー

 

刺繍講座は募集開始2時間で満員御礼になり、無事終わった。

 

我が家に泊まったレラさんは翌朝こう言った。

 

「昨夜、枕元に誰か現れた。『ここの住人はアイヌのことを一生懸命やってるから、黙って応援しろ』と言ったらスーッと壁を抜けて、公園の木の下に消えていったよ。」

 

にゅーん( ;´Д`)

普段だったらめっちゃコワイ話(わたしは幽霊とかマジダメです。人外担当なので。)だけど、レラさんがなんかしてくれたなら、、、いいか、、、、、、。

 

 

 

 

そして、レラさんと、まりちゃんと、わたしで(聡も猛烈に来たがっていたけど仕事で叶わず)新十津川へ。

 

実は、碑の前に、公園の中にある沼地も気になったので

先にそこに寄って見てもらう。

 

 

「ここには沢山のひとが沈んで(埋まって)いる」とのことで

ここでも急遽カムイノミ。

  

「もういいから、天にあがって行きなさい」

 レラさんが語りかけていく。


さぁっと風が吹いて、波紋がわたちたちの立っていた場所に集まって来た。
泣きそうだった空が、一瞬、晴れた。

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そして、碑のある場所でカムイノミ。

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沼地で綺麗に晴れていた空が

ここに入った途端、急に土砂降りに…

 

「泣いてる…思う存分、泣けばいい」とレラさん。

 

 

開拓の民が入って来て、強制的に与えられた土地。

それまでの暮らしを否定され追いやられていったアイヌ

 

 

 

 

 

 

歴史を語るのは、難しい。

語る角度でどうにでも取れるから。

 

 

 

 

アイヌ=善

開拓民=悪

 

などひとことでは語れない。

 

 

 

 

 

ただ、ここに移り住んだ、アイヌの民たちに、意識を合わせる…

 

悔しかった?

辛かった?

悲しかった?

 

楽しいことも、あった??

 

 

 

 

 

わたしは

 

クリーニングのことばでもある

 

ありがとう

許してね

ごめんね

愛してるよ

 

を伝えつづける。

 

 

 

あなたたちが

明るく平和に豊かに暮らしていたコタンを、またこの地でつくるから。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 土砂降りが続く中

 

 るみこさんから、わたしたちに管理人が代わった、

この土地でもカムイノミ。

 

 

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何故かわからない、何かわからないけれど

胸にこみ上げるものがあって

るみこさんもわたしも「良かった、本当に良かったね」と手を握り合って泣いた。

 

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 終わって、母屋で休んでいるとみるみる光が射して来た。

 

 

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土砂降りが嘘のような眩しさ。

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いろいろホッとして、

 

レラさんを送りに二風谷へ向かう途中の空

 

写真にはおさまりきらない、ドラゴンたちが。

 

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そして、二風谷から札幌へ戻る途中の雲。

 

 

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 ーーーーーーーーーーー

 

そして、今回のことが終わってまた「次」が決まった。

 

 

 

 

なんと、新十津川のあの土地にアイヌの家、チセを建てることになったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

新十津川では今ある大きな母屋で暮らすつもりは無かった。

 

何も無い小さい暮らしをしたかったので、小屋を建てようか、ツリーハウスはどうだろう、といろいろ調べていた。

 

その中で冗談では言っていた

「チセ建てて住みたいなぁ」と。

 

 

 

 

 

でも、とても現実的ではない。

小屋やツリーハウスやログハウスなら、プロも居るしお願いすれば建ててもらうことも教えてもらうこともできる。

 

でも、チセは、、、、

 

 

 

「材料と人手さえなんとかなれば建てられる」

いつもお世話になっているアイヌのポンペさんとチセを建てた経験が豊富な中川さんはそう言ったけど

 

いや、その材料が、まず…

 

 

 

ダメもとで、某財団の事業で出来ないか相談してみたところ「かかる金額が大きいから申請が通るのは難しいかも」とのことだった。

 

 

ですよね。

ですよねー。

 

 

 

だからチセを建てる、というのは夢のまた夢だったのだ、この日までは。

 

 

 

 

 

レラさんにも、夢のような話として新十津川にチセを建てられたらなぁ、と言ったのだけどその返事は

「建てなさい!建てられるから!建てなさい!」だった。

 

「いや、材木も、茅も入手困難で…」

「うちの木を使って!」

 

は????????????

 

なんでも、レラさんの家の奥の林の木が大きくなりすぎて、隣接して建ったアパートの上にかかってしまい、苦情が来ているのだそうだ。

むしろ、木を伐ってくれる人がいないかと悩んでいたそうだ。

 

「あぁ!助かる!うちの木を伐ってチセに使ってくれるならそんな良い話はない!!」

とレラさんが何度も何度も言うので、遠慮とか恐縮とかする前に

『え、、、そうはいっても、、、無理じゃん』とか思う前に

 

「そうか、むしろ人助けになるのか。それなら使わせてもらおう」とスーッと話は決まってしまった。

 

「茅場も教えるから心配しなくていい。大丈夫、建てられる。」

「わたしだって、建てたんだから。そりゃあ頑張ったよ、ちっちゃい子供何人もトラックに乗せてひとりで茅刈りして運んだんだ。」

 

 

レラさんはその後会う度に励ましてくれた。

 

 

そして、本当にその通りに

不安になんかなっていられないほど

面白いように、それからも話は進んだ。

 

 

 

 

 

無理だと思ってた

夢のまた夢だったことが現実になる…

 

 

 

 

何かの後押しがあるとしか思えない

奇跡の連続。

 

 

 

 

 

 

「ゆだねきる旅 その後」はこれで終わります。

いよいよ、チセづくりが始まります!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆだねきる旅、その後〜その三

8月8日のFacebookの投稿よりそのまま引用

 

 

【不思議ないちにち】

8月8日は新十津川で過ごしたいなぁと思いつつ、流れにゆだねていたら
結果
森や動物や温泉に癒され
血ではなくタマシイで繋がる『新しい家族』
お金ではなくイノチが循環する『新しい暮らし』
いろんなカタチを語りあいながら、満たされた気持ちで過ごした。

 

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8月8日の満月



 

そして今日
昨日行けなかった新十津川神社にご挨拶に行って、さぁあとは夫婦山で霊水をいただいて帰ろう…

ところが、もう何度も行っている夫婦山に辿り着くことが出来ない!迷って迷って、ナビに頼っても全然違うところに連れて行かれ、さっき出発した新十津川神社の前を四度も通るハメに…

なんだ?まだ神社に用があるのか??

 

もう霊水は諦めて帰ろうとしたら「出雲大社」の看板。
あぁ、そうか、おおちゃん(大国主命、わたしの父的存在)にも挨拶しないばダメか。

 

 

挨拶を済ますと、これまた今まで目に入らなかった神語『幸魂奇魂守給幸給(さきみたま くしみたま まもりたまひ さきはへたまへ)』の解説が目にとまり、しばし立ち尽くす。

 

 

 

出雲大社の目の前には「新十津川開拓記念館」があり、ここに来るべきだったような気がしたので寄ってみる。

 

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存在は知っていたけど入館するのは初めて

 

知ったつもりでいた歴史は奥深く、唖然とする。

 

 

 

受付のかたといろいろ話し「来年、札幌から移住して来る」と伝えるととても喜んでくれ詳しく案内してくれ、本来は日曜日にだけ公開しているという貴重な収蔵品が多数保管されている収蔵庫も案内してくれた。

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並ぶアイヌ

知りたかった、アイヌとの関わり、養蚕事業のことも知る事が出来た。

 

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新十津川での養蚕、養蜂

 

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イナウのようなものも。

 

 

 

満足していよいよ帰ろうとしたが
先程聞いた、アイヌのコタンがあった場所にあるという「アイヌの碑」に行かねばならないような気がして(いや、「また今度でもいいべ」と思ったのだけど「いつもどんなことでも次でいいというものは無い」と雪様に怒られた)向かった。

 

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コタン跡入口



アイヌのコタンがあったという場所は「ワッカウェンペッ」(悪い水の川という意味)川のそば。

 

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常に濁っている川




アイヌが魚も獲れない、飲み水にも使えない川のそばで暮らすとは思えない。

 

『十津川移民に際し、アイヌはウシスベツに設定されたアイヌ地32区画26戸が強制的に集められた。しかし漁猟に従事して開墾する者は少なく、それにつけこんだ和人によって給与地はたちまち彼らの手に渡った。そこでワッカウエンベツにアイヌ給与地が設定され24戸が入地したが、現在は全くの荒野である。』

これは記念館に展示してあった文章。
文献が全て真実でもないし、見る角度で現実などいくらでもどうとでも取れる。

ともあれ
原住の民が居た場所に入り込んでいったことは間違い無い。

石狩川を渡って屯田兵と開拓民が、この土地に入って来た。
そして石狩川を渡って、アイヌがこの土地を出て行った。

記念館にあったアイヌコタンの区画図を見ると、石狩アイヌの姓がたくさんあった。

 

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新十津川でのコタン

 

 

石狩アイヌ(主に現在札幌に住んでいるアイヌ)は新十津川から流れて来た、あるいは逆だとも聞いた事がある。

碑に、お詫びと祈りを捧げる。

わたしが新十津川に来る意味は…

 

 

全てが終わって車に戻ったら、堰を切ったように雨が降り出した。

浄化のお手伝いが少しでも出来れば…

 

 

 

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わたしがアイヌに関わることは「贖罪」という言葉が一番しっくり来る。
いつも
「悪かった、申し訳なかった、あのときにあんなにお世話になったのに、今、出来る限りの事をするから許して欲しい」
そういう想いでいる。

わたしが今のわたしになる前に、何かがあったのかもしれない。
裏切ってしまったのか殺してしまったのか。

帰路の途中、死にそうに眠くなって車で仮眠した(わたしには珍しい)
帰って来ても、眠くて眠くてすぐ横になった。

起きたら、知人から「近くの川に桑の木を植えて欲しい」とのメッセージ…

なんだろう

何かが開いたのか繋がったのが始まったのか

今も、まだ頭がぼおーっとしている。

いろいろ想いが巡るけど

とりあえず備忘録として記します。

 

 

ーーーーーーー引用ここまで

 

 

 

何故、新十津川なのか?

日高で暮らしたいと思っていたわたしたちが、何故、行った事も無い新十津川町で暮らすことになったのか?

 

ずっと不思議だった。

 

このとき、新十津川アイヌの関係を初めて知る事になる。

 

アイヌの慰霊をするため…?

新十津川でやることがあるから、呼ばれたとしか思えない。

 

事実、新十津川の件があってから、やたらとアイヌの行事に参加する機会が増えた。

以前からも積極的に参加するようにはしていたけれど

それにしても、というくらい予定の殆どがアイヌと関わる、しかも各地でのカムイノミ、という日々になった。

 

「(NPO法人)ハチドリさんって、あの、アイヌの。」とか「雪ちゃん、もうアイヌとして生きたら」と人に言われるほどだった。

 

 

 

 

 

 

中でも印象的だった出来事は、二風谷でのアイノモシリ一万年祭と

岩手と紋別でのカムイノミ。

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「ニシキトベ」という人物のことを知ったのは、一万年祭でアシリレラさんに「新十津川に引っ越す」という話をした時だった。

 

 

新十津川ぁ!?なんで!?」と聞かれ

「いやぁ、自分でもわからないんだけど、そういうことになって…」

 

そこから十津川村の話になり、熊野の話になり、

「ニシキトベという女酋長が居た」という話になった。

 

 

女酋長のことは、北海道各地にも居たとか慰霊をしているとか話は聞いていたけど

何故かこの「ニシキトベ」というワードにわたしのセンサーは反応した。

レラさんからも「熊野に行くことがあれば墓参りをして来て欲しい」とお願いされた。

 

祭りから帰ってすぐにニシキトベの事を調べた。

 

おそらく、一般的な認識は

日本書紀における神武天皇の東征の折の記述に登場する人物で、登場してすぐに神武に殺されてしまう土豪の女酋長』なのだろうか。

古事記では「土蜘蛛」と蔑称で書かれているそうな。

 

こういう場合

『 国家が形成されていない時代、移動してきた国家権力者が先住民族を討伐する』話は権力者が正しく、土地の者は極悪人とされている場合が多いが、必ず裏が隠されている。

 

それは、全国で行われて来たことなのだ。

 

ニシキトベも、神と交信するシャーマンでありだからこそ術を使えたのだろうし、権力者はそれを恐れたのだと思う。

 
 
 

 そんな事をぼんやり思っていると、まさに「そう、そうじゃないの!?」と思える記事を発見。

 

 

 

※追記 わたしが読んだときはもっとあったけど、書籍化されたので途中までになってしまったようです

これはみなさんに是非呼んでもらいたい。

あくまでもフィクションとしてだけれど、わたしとシンパシーが合うかたは、必ず面白い!と思えるはず。

 

 

 

ニシキトベ。

 

 

 

 

彼女のことは、ここから頭から離れず意識していくことになる。

 

 

 

 

 ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、今、改めて調べたら

若狭湾の鵜ノ瀬から(産まれた鵜の卵が)京都、奈良、天川村十津川村熊野の山熊野三所大神社(全ての祀られている神)を経由して瀬織津姫の坐る 古座川の一枚岩へ…北の日本海と南の太平洋を繋ぐ』な〜んてことが書いてある記事がありました。こちらも興味深い。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

岩手のオーガニックフェスタに行こうと思ったのは

アシリレラさんのユーカラ

喜納昌吉 & チャンプルーズと

まーぼーとふっちゃんのまったり〜ずのライブがいっぺんに観られる!から。

 

理由はそれだけだったのだけれど、その前後の行程も、わたしにとっては大きな体験だった。

 

カムイノミの詳しい場所や様子は控えるけれど

 

ニシキトベと同じく国家権力と戦って惨殺された、岩手の豪族、阿弖流為アテルイ)と母礼(モレ)の供養。

 

阿弖流為達強い豪族が大和侵略軍から長い間戦い続けてきたから、その間に数名のアイヌが北海道へ逃げ延びることが出来た。

1200年経った今もアイヌとして生き続けていられるのはそのおかげ。」

レラさんが以前行ったカムイノミでそう語ったそうだ。

 

 

 

 

途中で立ち寄った樺山遺跡での景色。

 

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明るく

 

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広がるコタン

 

この地に立ったとき、一瞬で平和に豊かに暮らしている人々の姿がありありと見えた。

「これ!わたしが愛しているのは、目指しているのは、この空気感!」

 

村の下にはストーンサークル

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こんなに「受け入れてくれる」ストーンサークルは初めてだった。

 

ここの景色を眺めながら、空に天にむかい

 

わたしの理想のイメージであること、こういう村を創りたい!とお願い&宣言した。

 

 

 

 

 

 

そして、盛岡でのチャンプルーズのライブでのこと。

 

途中で昌吉さんが客席にむかって「ステージに上がれ!」と呼び込んだ。

 

わたしもステージ横のスペースに上がり、共に歌い、踊った。

 

 

 

すぐ横で『花』。

 

 

 

 

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ステージから岩手山を望む

 

 

岩手山を眺めながら

 

泣きなさい

笑いなさい

いつの日かいつの日か

花を咲かそうよ

 

 



と叫んでいたら

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ これでいいんだ

 いっぱい泣いて いっぱい笑って

 そのために、その体験をするために

 この肉体を持ってこの地球に降り立ったんじゃないか。

 これで、いいんだ〜〜〜〜〜〜!!

 いっぱい泣こう、いっぱい笑おう!!」

 

 

 

意識が空に昇って行った。


 

 

 

 

 

 ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

そしてその後すぐ紋別へ。

 

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北大に保管されていたアイヌの遺骨が戻って来るということで行われたカムイノミとイチャルパ。

藻岩山でのインカルウシペカムイノミに参列してくださった畠山さんが主催するということで、お返しという訳ではないが、料理と接待のお手伝いに伺った。

 

 

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カムイノミ



一泊して、翌日

散歩がてら紋別の海を一望出来る橋に行った。

 

海を眺めながら

紋別のアイヌの霊が癒されることを祈り

またこの北海道という土地が平和で豊かな土地になるよう祈った。

 

すると

『平和は祈るものではない。創るものだ。』との言葉がおりてきた。

 

 

ハッとして

『そうです!創ります。わたしが、平和な世を創ります!』と

 

今度は『創りたい』ではなく『創ります』と宣言した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

わたしが、新十津川でやろうとしているのは、そういうことなんだろうか…?

 

行く場所行く場所で

今まで想像もしていなかった想いが溢れ

ひとつの道になっていくような。

 

 

 

ただ、あの新十津川の土地で、自然と共にわたしたちふたりと犬だけが、ゆるりと暮らす、だけでは無いような…

 

 

 

 

村を

コタンを

 

つくる?

 

 

 

平和で豊かで愛に満ちあふれていて

 

確かにその昔、そうして暮らしていた民がいて…

 

 

それを、取り戻そうと、している?

 

 

 

 

 

このわたしが?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやいやいやいやいやいやいやいや

 

 

荷が重過ぎます!

 

 

わたしには無理です!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

あぁぁぁ〜〜〜〜( ;´Д`)

 

でも宣言しちゃってんじゃん

 

なんかもうやることになってるっぽいじゃん

 

もう逃げられない感じじゃん

 

 

やだよー

責任重いのやだよー。・゜・(ノД`)・゜・。

 

 

他人なんか関係無く自由に好き勝手に生きたいよぅ〜〜〜(すでにしてるけどさ)

 

 

 

 

でも次々と溢れ出るコタンへのビジョン。

 

 

 

「そんなデカい事、出来ないっすよ」

「よーしやってみせるぞ!」

が入り交じりながら

 

さらに、また、話は進むのであった。。。。

 

 

 

 

つづく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆだねきる旅その後 その二

新十津川の土地と家を買う、と決めて

今の札幌の家と土地

新しい家と土地

とにかくクリーニング、クリーニング。

 

「ああしたい、こうしたい」

「◎◎になりますように」

じゃなく

 

「全てがあるべき姿になるように」

雪様と一緒に、過去のソースを消して行く。

 

札幌の家と土地はどうなりたいのか?

新十津川の家と土地はどうなりたいのか?

答えを探るのではなく、ただ問い、ただ彼らの意志どおりなるように。

 

 

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梅吉と新十津川ではじめて出来たともだち





 

 

そして、新十津川に、出来るだけ、通った。

るみこさんとはトントンと話が進んであっという間に、すでに家族のような、

というより家族だよね、家族だったよね、みたいな

「既に繋がっていたことを思い出しただけ」な感覚になっていたので

いつでも自然に無理無く会えたのだけど

 

やはり新しい土地(当然ながら土地にも意識が有る)と仲良くなる、というか

わたしたちが新しい管理人になるということを認めていただくことがとても重要なので。

 

 

 

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もちろん、その土地に住む樹々や生きものも

 

土地は、誰のものでも、無い。

当然人間のものでは、無い。

 

勝手に人間が「ここからここまではわたしのもの」という顔をして値段をつけたりいじくりまわしたりしているけれど

 

あくまでも人間はその土地の「管理人」である。

 

わたしは、あなたの管理人として、ふさわしいですか?

これから、あなたという土地でこういう暮らしをしたいと思っています。

 

土地に意識を向け語りかける。

 

ある日、「大きな存在」に気がついた。

「この土地には『主』がいるみたい」とるみこさんに言うと

「代々、奥のほうに大きな蛇が住み着いているから彼らかも」との答え。

 

それが真実かどうかはわからないけれど、

土地と共にその『主』にも意識をむけるようにした。

 

 

 

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土地と家



 

 

るみこさんとも

繋がりは確実なものとなっていたけれど

実際に会って言葉を使って話す、という行為を繰り返すうちに

今までのるみこさんの生き方や苦労、想いなどを知って

更に「この土地を大切にしよう!」という想いは強くなっていった。

 

 

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るみこさんには新十津川や近辺の縁繋ぎもたくさんしてもらいました

 

 

 

 

「るみこさん、お疲れさま!これからはわたしたちが、この土地を守って行くからね。」

 

 

 

 

 

 

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新十津川ってこんな町

 

 

 

 

 

 

そして

 

『想い』だけでは話は進まない人間世界(苦笑

 

さて、土地を買うお金、どーしましょうかね!?

 

という課題にぶち当たるわけです。

 

 

自慢じゃないけど、我が家に貯金は一円も無い。(キッパリ)

常識的に言えば、家計を預かる主婦としては恥ずかしい事なのかもしれないけれど

あるきっかけから紙幣を銀行等に貯めるということをやめたのだ。

 

わたしだって以前はしてましたよ定期預金。

普通に「貯金は有れば有るほど良い」と思っていたし。

 

でも、愛犬梅吉の事故があって手術代や入院費や通院費で

貯金があっというまに底をついたとき

「あ、もういいや〜」って思ってしまったんだな。

 

貯金は「イザという時」のためのもので、そのイザという時(愛犬の事故)に使えたじゃないか。

貯金は保険みたいなもんで、単にイザというときのための不安を消すためだけのものじゃん。

イザというときが無ければそれが一番良いし

無いように努力すれば良いし

もし、そんな時が来たとしても、それはそのときにナントカ出来れば、それでいいじゃないか。

お金(紙幣)の数で解決出来ないことってそんなにあるかな?

使い切れないくらい収入があって、余るから貯金しとこ、ってのなら別だけど

不安のために今を我慢して貯める!ってのはなんか違う。

 

というわけで、貯金をやめました。

そのお金で旅に出る。誰かに逢いに行く。何かを学びに行く。

来た人をもてなす。与えられるだけ与える。今、使いたいことに使う。

そのおかげでどんどんまわる(循環する)実感を得たのだけど、そのはなしはまた別の機会に。

 

そうそう、だからね、「この土地と家を買います」と言った所で無い袖は振れないわけです。

でも、お互いの気持ちは決まった。

 

これまた一応ね、常識的に銀行に借りるとか事業としてお金がおりないか、とかいろんなところにいろいろ相談してみたのだけれど

まぁ、進まない。

 

当然といえば当然。

サラリーマン生活から独立して起業したばかりで実績も信用も無い、頭金どころか貯蓄はゼロ、そんなヤツが「お金貸してちょ♡」と言って誰が貸すだろうか。

普通は起業のためにコツコツと資本金などを貯めておくのが普通なんだろうけど

我々は勢いで、結果的に起業というカタチになってしまったので何の準備も無かったのだ。

 

ははは(笑い事)

 

 

常識的にどうもならない。

 

手詰まりだ。

 

 

 

 

 

さて、どうする…

 

 

 

 

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神社にも通った

 

 

 

 

 

 

 

そんなある日、るみこさんからメールが。

 

 

 

 

「お金って、信用の代わりだよね?」

 

 

 

信用出来ないから、誰か(銀行等)を頼ってお金を調達するんであって

信用があるならその誰かに頼らなくて良いんじゃない?

わたしたちには、その信用が、ある。

だったら、それでいいじゃん!!

 

 

またしても「当たり前のこと」を、「常識というヴェール」で覆ってしまって見失っていたわたしたち。

 

ちゃあんと、インスピレーションおりてきました!

 

 

そこからはトントン拍子に、身近な不動産屋さん行政書士さん税理士さん等が相談に乗ってくれて、わたしたちとるみこさんと、直接契約することに決まって

 

新月の日に手付金を支払い(なんとか工面w)

 

晴れて、新十津川のあの土地はわたしたちが管理人となったのでした。

 

 

土地も、主も、認めてくれたんだね。

良かったよ〜〜〜〜!!

 

 

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お不動さまと霊水

 

 

 

それから、わたしたちが正式に管理人になって事で、またびっくり仰天、怒濤の動きが始まることになるのだけど、

続きはまた「その三」にて。

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆだねきる旅、その後 その一

約20日間のゆだねきる旅が終わって

札幌に戻って

愛しい我が家に帰って

 

居間にゴロンと横になって

いつもの台詞

「あぁ〜、やっぱり我が家が一番だね!!」

が出る

 

 

 

はず、だった。。。。。。

 

 

 

愛しい我が家には変わりない。

あぁ、やっと帰ってきたねぇ。。。。

 

 

 

でも、息苦しくてたまらなかった。

 

 

寒い北海道で快適に暮らすための壁の厚い丈夫な建物は

閉塞感しか感じられなかった。

 

旅が終わってしまった寂しさだけではなく

 

「ここに居るのが辛い」と思うようになってしまった。。。。。

 

 

 

北海道も札幌も大好き。

この素敵な我が家も愛してる。

 

 

でも。。。。。

 

 

旅で山の中森の中で暮らして来て戻った札幌の我が家は。。。。。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山を降りて街で暮らすようになったハイジのように

「山に森に帰りたい」と泣いて夫を困らせる日々。

 

せめてもと

家の前で焚き火をしてごはんを食べたり、車の中でお昼寝をできるようにしてくれたり

なるべく外で過ごせるよう、付き合ってくれた。

 

夫が居ない日はひとりで車の中で寝たりした。

 

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こんな立派な家があるというのに、わざわざ車で寝るなんて

おばかさんとしか言い様が無いけど

そうすることしか、出来なかった。。。。

 

 

 

 

 

 

家の中にある物の多さにも辟易した。

 

旅の間は

 

持っているものは

3枚の着物、一枚の羽織、1本の帯、3足の足袋、3本の紐

もんぺとTシャツ各一枚

あとは借りた上着とズボンが各二枚

 折りたたみのマットレスとタオルケットと毛布

二膳の箸とボウルが二つと皿が二枚

小さなダンボールにつめるだけの保存食と調味料

 

 

 

魂が120%満足していたので食べることもさほど必要無く

夕方に一日一微食(ほんの少しの食事)

あとはその土地の美味しいお酒とおつまみで晩酌を楽しみ

お友達と会ったらやっぱりその土地の美味しいもの一緒にをいただいて

 

毎日同じ服でも何も気にならず

そろそろと思ったら川で洗濯して夫の張ったロープで乾かす

 

 

それだけで暮らしていた

 

から

家の中のあらゆる「モノ」の多さ、それに囲まれて暮らすことのストレスに

さらに参ってしまった。

 

 

 

 

 

梅吉をリードで繋げなければならない

以前は当たり前だったこれも、わたしにとって「辛い事」になってしまっていた。

 

旅中は山のなかで自由に歩き回っていた梅吉。

リードを繋いで一緒に歩いているときよりも、

お互いを意識しながら距離を保ちながら自由に歩いているときのほうが

ずっと「梅吉と繋がっている」感覚があった。

お互い好きな場所でオシッコもウンチもして一緒に「地球に愛のお返し」も出来た。

 

ここ住宅街では到底無理な話。

 

 

 

 

 

山の中で生き生きと動きまわり火を起こし何でも作ってくれた、そのカッコ良さに惚れ直した夫も

帰ってきて早速パソコンに向い難しい顔をしている…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、一番悲しかったのは辛かったのは

 

今、こうして感じていることも

時間が経てばまた通常に戻ってどうでもよくなることだった。

 

慣れたら、都会暮らしも、物の多い暮らしも、リードをつけて犬と暮らすことも、夫が出張で長いこと居なくなるのも

 

また当たり前になって何も疑問にも想わなくなる。

 

それがわかっているのが一番辛かった。

 

今のこの感覚

今の幸せを信じたい。

 

今の感覚をなかった事にしたくない。

 

だから、帰って来た暮らしに慣れないようにがんばったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

札幌は、もうわたしには無理かもしれない。

 

 

 

大好きな札幌、嫌いになったわけじゃないけれど

このままここには居られない。。。。。。

それはわたしの中で決まってしまった。

 

 

 

いずれ、札幌から離れて暮らすつもりではいた。

 

 

歳をとったら、日高で、出来れば新冠町で山と海を眺めながらゆっくり暮らしたいね

と夫とも話していた。

 

 

 

 

 

 

歳をとったら、じゃなく

今、じゃないの!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある夜のことを思い出した。

 

山形の最上川で野営した夜のこと。

 

 

あまりにも日々が幸せで

「毎日こうして暮らしたい」とお願いしてみた。

 

家を持たず、日々旅をしながら暮らしているひとは多い。

わたしたちもそうやって生きて行けるのでは。

 

神である雪様のこたえは「NO」だった。

 

てっきり大賛成されると思ったのにダメ出しをくらったのでびっくりした。

 

「まだ札幌でやることがある」。

 

え〜〜〜〜〜(´Д` )

 

 

 

ちょっといじけて、さらに交渉してみる。

 

どうしたら許してもらえる?

どうしたら、こういう旅をしていられる?

 

 

 

「年に二回、こういう長旅をしていい。

畑仕事が始まる前と、終わった後。

その時期に好きなだけ、好きな土地へ行っていい」

 

 

わたしにとっては妥協案ではあったけれど

「二度とダメ」と言われないだけいいか…

よし、その年二回を楽しみに日々頑張ろう!!

 

 

 

そう思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして

もうひとつ

旅に出る直前にあった出来事を思い出した。

 

 

東川のヘンプスクールで出逢って

うちの大麻糸績み講座にも参加してくれていた、るみこさんが

我が家に久々にやって来たのは本当に旅に出る直前のことだった。

 

るみこさんとはスクールや講座のときに顔を合わせる程度で

プライベートで連絡を取り合うことも無かったし

それほど親しいわけでもなかったのだけど

 

 

「織り機を処分しようと思うが雪ちゃん要らないかい?」と連絡があり

「欲しい!」と伝えると新十津川町から札幌までわざわざもって来てくれたのだった。

 

そのとき、世間話をしながら

「今住んでいる土地と家を売りに出そうと思っている」という話を聞いて

「そうなんだ〜、良い買い手さんが見つかると良いねぇ」と答えていた。

もちろん、その土地も家も行った事も無いし

そもそも新十津川ってどこ?だった。

 

 

 

 

 新十津川に行ってみよう!

「土地はまだ売れていませんか?」

気がつけばるみこさんに電話をして、夫と梅吉と見に行っていた。

 

 

 初めて入った初めて見た土地は

見渡す限り広がる田園とそびえる山々

一目惚れだったけれど、

行く前から既に気持ちは決まっていたのかもしれない。

 

 

 

田圃から見たるみこさんのおうちと庭

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庭から見た風景

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庭が既に森のようで

 

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果樹や花もたくさんで

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そのときのわたしにとって、なんだか夢のような景色だった

 

 

 

 

 

 

大きな母屋のある、1700坪の土地。

 

 

 

 

桑の木を植えて蚕を飼って糸をとり、織る

紅花も植えて染色する

畑で食べ物も育てられる

自分は小屋を建てて小さく暮らす

母屋は人が集まる空間にも出来る

 

夫にもわたしにもそれぞれ最高の仕事部屋があり

犬もそこでのびのび自由に過ごす

 

そんな夢のようなことが実現出来るんだ…

 

 

 

思わず武者震い。

 

 

 

 

「帰りたい、ここじゃない、どこかに」

毎日泣いていたわたしに、ちゃあんと用意してくれたんだ!

 

 

 

わたしも夫も「どうする?」と尋ねることもなく

 

この土地を譲っていただけるよう、話は進んでいた。

 

 

 

 

 

 

それからわたしは

今の札幌の土地と新十津川の土地のクリーニングを強化し

出来るだけこの新しい土地に通い

 

たくさんの存在達とコンタクトを取りながら

 

どうしても欲しい!とか

買うお金はどうするの?とか

〜になったら、あるいは、ならなかったらどうしよう、とか

 

何も想像せず心配せず不安にならず期待もせず

 

 

ただ、全てが

なるであろう本来の姿になれるよう「ゆだねきって」いた。

 

 

 

つづく