あ し あ と 。

生きてます。自由に。

55歳になりました。

 

あれから5年

 

 

yukikoashiato.hatenablog.com

 

 

うぅ。若い。読んでて恥ずかしい。

50歳の自分が羨ましいw

 

 

さて、50歳から55歳の5年間というのは

女性にとって(自分だけかも)最大に近い山場なのではないだろーか。

 

 

 

20代から30代、30代から40代、40代から50代というのも

自分の容姿の変化に対する覚悟が必要だったけれど

そんなもん、比じゃない。

 

老けスピードが尋常じゃない。

 

 

 

50歳前後で更年期になり、今まで出ていた女性ホルモンが出なくなり

今までの自分(の身体)では無いのだと実感していくのだけど

 

55歳になるとその更年期も終わり、更年期以前の自分はもうどこにもいなくて

 

別物になった自分のカラダとどう付き合っていくか、ということになる。

 

 

もともと健康オタクなので

アンチエイジングケア的なことはずっと気にしているし、

あれこれ実践もしてきている。

 

肉体年齢は若いかもしれない。

 

 

が。ががが。

 

容姿が全く追いつかない。

 

顔も身体もすべて雪崩のごとく横に下に落ちていく。

 

50歳を過ぎて、流石に焦りを感じていろいろ試してみるも

全く効果が無い。

 

別に美魔女になりたいとか、必要以上に若く見られたいということは無いけれども

やはり「おばあちゃんな自分」を簡単には認めたくない。。。

 

「素敵なBBAになりたい」と言えたのはまだBBAじゃなかったからだ。

しかし。

もう一歩、足を踏み入れている。

 

確実に、「おばちゃん」から「おばあちゃん」に進化しているのだ。

 

 

 

 

 

そんなとき、ある出来事が。

 

 

うちの夫は毎年結婚記念日に、一年間の思い出をアルバムにしてくれる。

 

 



それも今年14冊目になり。

 

14周年記念アルバムを夫から渡されたときに

「去年はどこも行かなかったから写真が少なくて大変だったから、今年はもっとたくさんいろんなところに行こうね!」と言われた。

 

 

 

 

ある人にこの話をしていて

 

「でもね、違うんですよ、写真が少なかったのは、どこにも行かなかったからじゃなくて

わたしが写真に映るのが嫌で『(私を)撮らないで』って言ってたからなんです」

 

 

と言った途端に、涙がブワ〜〜〜〜〜と溢れて止まらなくなってしまった。

 

自分でもびっくり(お相手はもらい泣き)したのだけど

 

「あぁ、わたしは悲しかったのだな」と確認出来た。

 

 

 

悲しかったのは

 

自分のせいで

夫にそんなふうに思わせてしまったこと

ふたりの思い出づくりが出来なかったこと

そんなことも気づかずに自分の容姿を嫌っていたこと

 

 

 

 

 

いっかーーーーーーーーーん!!!!!!

 

 

 

何をしているのだ、自分!

 

いや、何もしていないからこんなことになっているのではないか!!

 

しろよ、努力!!!

努力は一生だぜ!?

努力は一生、本番は一回、チャンスは一瞬(@新庄剛志)なんだぞ!!!!

 

 

 

キュピーン!!!!!!

 

 

やる!やりますとも!!!!!!

 

 

はい、出ました走り出したら止まらない猪のワタクシ

 

手術(すべてをやめた)以来

「なんもすることねーし」と自暴自棄気味に携帯ゲームで時間を溶かし

家族のために生きてるから幸せ(はーと)と現実逃避し

自分に対する努力を適当にしていたワタクシ

 

 

 

これから、

時間もお金も己に全ベットする!

 

 

 

 

今までの「出来ることはしてみる」以上の努力をする!!

金も時間も(出来る範囲ギリギリで)かける!!

 

 

自分の肉体と精神と魂を満たして

自分のことを磨く!!

 

「ナニもしなければ今の自分が一番若くて、あとは落ちるだけ。

落ちたくなければ、今、努力をして、今をキープしなければ!」

 

 

 

55歳にして宣言しますた。

 

また5年後に後悔しないよう

できる限りの努力をします!

 

みてろよ、60歳の自分!!!!!!!

 

 

 

 

 

しかし、具体的にナニをどーしたら良いのか

オススメのナニカあったら教えて下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ざまーみろ!

タイトルからすでに「またすさんでるな〜」て感じですが。

 

誰に対してそう思ってるのか

自分でもハッキリしないのだけど

↓こういうことなんだと思う

 


誰かのせいにしないと、やってらんないんですよ。

本当の意図なんて未だにわからんしさ。

 

 

責任感、使命感、無敵感。

まさにこれで大事故(死にかけ)ったわけで

助けられて感謝するところが、まだ「おめーのせいで全部終わった」とか拗ねてるわけですよ、ははは。

 

 

そもそも

チセが終わったら、それまでおあずけだった「田舎暮らしでスローライフ」←wwwwww

を楽しむ予定だったですよ。

 

田舎に引っ越して

植物や動物から糸をとって、それを織って、染めて、服を作る

畑で野菜を育てて 山で山菜や野草を採って たくさん料理を作る

フグリッドで自立した生活を送る

 

それがわたしのやりたいことだったのに

「チセを建てる」という大きな課題が来てしまって、まずはそれを優先して5年、頑張ったですよ。

 

さて、チセが終わってさあ好きなことして良いぞ〜〜〜〜!!

 

ってなったとき

全然違う方向に進められた(気がした)。

 

本当に、こればっかりは「気がした」だけだったんだろうけど

その時はあまりにも続くし、スピードもあるから

「これはやるべきことなんだろうな」って疑問に思わず進んだわけですよ。

 

 

ワタシもスピ歴20年以上になるんで

誰かに、自分の未来のことを言われることはそりゃ〜何度もあったわけです。

自分からお金を払って視てもらうこともあれば

能力のある友達に言われたり、見ず知らずの方にいきなり言われたこともある。

「あなたは、将来こうなる」「いつか、こういうことをする」と。

 

まぁ、ふうん、くらいに思っていても

それが同じことを20年以上言われ続けると「そうなん?」ってなってくるじゃん?

 

でも20年間全然その兆しは無くてw

 

それがさ、チセが終わった途端、そっちの方向に進められた(気がした)わけよ。

 

 

だから、勘違いしちゃったわけ

「あっ、ついに来たんじゃない!?【そのとき】が!!!」

って。

 

だから余計に責任感、使命感、無敵感の塊になっちゃったワケ。

 

わたしがやるべき、やらねば、絶対に!!!!!!!!!!!!

 

 

まぁ、そのあとのことは過去記事にあるから掘り返さないけど(恥ずかしいから)

 

暴走して周りまで巻き込んで死にかけてストップ、終了。

 

 

 

そっちが終わったなら、憧れていたスローライフ送ればいいじゃんって思うでしょ?

わたしもそう思ってた。

でも前記事に書いたとおり、まったく興味が無くなってしまったわけよ。

別人になっちゃったから。

 

本当に、なにも無くなってしまったの。

わたしのやりたいことって、なに?なーんにも、無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タイトルの「ざまーみろ!」は

20年間、わたしに「こうなるよ」って言ってきた人たち

そうさせる予定だったかもしれない守護

に、「そうじゃ無くなったよ!ざまーみろ!」。

 

 

なんか、「別人になってしまった自分」を

誰かのせいにしないと、やってらんないんですよ。まだ。

 

今は今でじゅうぶんに幸せなので、

もとに戻りたいとか叶えたかったとか、全然無いんだけどね。

 

「アレはなんだったんだよ、(・д・)チッ」

ってだけでw

 

いつか

なんらかのカタチで【本当の意図】を知るときが来たら(自分から知ろうとする努力はしないぞ!)和解できるかねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

生まれ変わった?元に戻った?

さて

 

死にかけてすべて終わらせてなーんにもしない生活を快適に送っているワタクシですが。

 

今となっては、「それまでの自分(の生活)が信じられない」とまで思っています。

 

 

元気でポジティブで強引で人の目を気にせずマイペース

なんでも自分の手で作りたくて

好奇心のまま、したいと思った瞬間即行動

やりたいことのためならどこへも行くしなんでもするどんな苦労も平気

 

それ、本当にワタシですか?

 

入院前の自分の行動は、「前世の記憶」に近いです。

そういえば前世ではこんな人間だったんだなぁ

その記憶を持ったまま、今は全く違う人生を歩んでいる感じ。

 

 

以前の記事で

 

ーーーーー

人生が川の流れだとすると

結婚する前と後では

支流が主流に

主流が支流に、「川」そのものが変わったかんじ。

だから、流れる方向も地域も全く変わってしまった。

ーーーーー

 

と書いたけれど、

 

今回の件でまたまた変わってしまったのだろうか????

 

 

死にかけたときにそれまでのわたしが本当に死んでしまって別人に生まれ変わったのか?

取り憑いていた何かが死にかけたことによって外れて元のわたしに戻ったのか?

 

 

結婚を機に生活と性格が一変したことは確かで

眼の前に置かれていく宿題をこなす、やる気満々なワタシ

それが本当のワタシだったのだわ!と思い込んでいたけれど

 

何かがワタシの身体を使って宿題をこなしてくれていただけなのかもしれない。

 

頭痛をなんとかしたくで藁をもすがる思いで受けた「完全浄霊」なるものは

良い霊も悪い霊もとにかく憑いている全部ひっぱがす、そしてその後は再び憑くことは無い

というものだった。

 

それによって、今までポジティブに活動する原因となっていた何者かがひっぱがされたのでは無いだろうか。

 

結婚によって憑かれたポジティブさんが

病気によっていなくなってしまった

 

そんなふうに思っています。

真実は、わからんが。

 

 

そういうわけで

結婚後からライフワークだった「なんでも手作り」も全く興味が無くなってしまった。

あんなに夢中だった

服を作ることも野菜を育てることもオフグリッド生活も旅に出ることも車中泊

嫌になったわけではないけど、やりたいとも思わない。

首根っこをつかまえられるのが絶対嫌だから自立した暮らしをするのだ!なんて、もう微塵も思ってない。

 

 

田舎の畑も家も大きなクルマも

糸も布も染色道具も織り機も

ぜーんぶ要らなくなっちゃった。

 

もったいないな〜

誰か、引き継いでくれるひといないかなぁ〜

 

 

 

 

 

そして

つくづく、夫は今まですべてわたしのやりたいことに合わせてくれていたんだなーと痛感中

 

 

これからは夫のやりたいことをやらせてあげたいな。

 

とは思うが

「人の夢を叶えるお手伝い」をするのが夫のやりたいことだから

なんにもしたいことが無い今のわたしより、

今までのやりたいことに突っ走るわたしをサポートしていたほうが

もしかしたら夫は幸せだったのかもしれないな。

 

 

 

 

 

いや、今のほうが平和じゃん?w

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今

前回までのあらすじ…

 

原因不明の病気になって死んだほうがマシな痛みの中、それまで全力で頑張ってきたことを終わらせないと治らない、そう確信し全て終わらせたワタクシ。

 

そうして終わらせた3日後に病気は治り、全てが手元から無くなり今度は虚無感で死にそうに。

しかしあるブログに出会い

『自分が坂道をブレーキなしの自転車で降りていた、危険だからやめさせられた』ということに気付かされたのであった…

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「わかった、わかったよ、わたしが悪かった。

でもだからって気持ちを新たにがんばりま〜すなんて思えないよ。

もうさ、いいんだ、なにもかも。

もう、すべて頑張らない。なにもしないよ。」

 

完全に拗ねてます。卑屈になってます。

 

 

それまでZoomでミーティングだの、セッションだの、セッションの練習だの

人と関わりさらなる向上を目指す毎日だったわけだけれど

 

ZoomもLINEもFBもインスタもぜーんぶアカウントも消して

人との繋がりを一切断った。

 

関わってきた人たちには「治ったらやり直そう」「いつでも待ってる」との声もいただいたけれども

やらないったら、やらないのだ。

今度はやらない方向に、猪突猛進。

 

しかし

SNS関係やめると、面白いくらい誰とも関われなくなるのね、現代って。

ネット上の繋がりだけだったんだ、

それって本当に相手は存在していたんだろうか、ってレベル。

 

でもまぁ

本当に対人恐怖症みたいな状態だったので

こっちからしないだけでなく、相手からもこちらに連絡取れないことは

それはそれでラクだった。繋がってないことが安心だった。

 

夫が窓口になってくれたので、わたしが元気でいることはみんなわかっていたはずだしね。

 

そういえば

そんな状態でもひとりだけ手紙をくれた人がいたなぁ。

しばらく返事出来なかったけど、ようやく「今はこんな感じでひきこもっている」と返信したら

「自分も昔、乳がんが発見されたとき家から出れなくなった、雪ちゃんがそうなるのは当然だよ」的な返事をまたいただき

なんだかとっても救われたのだった。

 

 

そして

人づきあいだけじゃなくて

それまでの田舎でのオフグリッド生活も

弱った身体と精神にはかなり厳しく、すべてが整っている札幌に戻った。

 

札幌にいると、本当にやることが無いw

スイッチひとつで冷暖房、お湯も出る。

 

夏は一週間も待たずにうっそうとしてくる1500坪の敷地の草たちを刈る必要が無い。

畑や樹木や草花に水やりもしなくて良いし

外作業で汗だくになることもないし、暑けりゃエアコンつけりゃ良い。

 

冬も薪割りも薪運びも煙突掃除もしなくて良い。

お湯をつくるために薪ストーブにせっせと水を運ばなくても良い。

雪かきの面積だってわずかだし寒さに震えて布団に入ることも無いのだ。

 

 

 

 

そんなこんなで

 

誰とも会わないどこにも行かない仕事も無ければ趣味も無い

三食昼寝付きのひきこもり専業主婦で2年が経ちました。

家のことと、漫画とゲームの毎日です。

 

それまで自分が「そんなんじゃ駄目だ!!」と声を張り上げていた

夫に頼り切った生活をする生産性の無い女になったわけです。

 

 

 

あは。

なんでそんなんじゃ駄目だったんだろうね。

 

 

それでも退院して一年くらいは自分でも「こんなんじゃ駄目だ」って頭では思ってたな。

なにもしない罪悪感みたいのがどこかにあった

けど実際、とにかく「なにも出来ない」「なにもしてやらない」が勝っていたので

なにかしなくては、でもなにもしない、で一年くらい経って。

 

一年経って再発も無く完治ですって言われて

やっとブログも書いて(死にかけた話シリーズ)

良い意味でどーでも良くなっていって。

 

 

虚無感〜罪悪感〜解脱〜最高期

ってかんじ?

 

今は

何もしない自分最高!

です。

 

 

相変わらずどこにも行けないし誰にも会えないけれど

それはそれでいい、別に困ってないw

世の中がどうなろうと知らん。

眼の前に愛する夫と犬と猫がいるだけでいい。

 

 

というわけで

 

わたしは元気です!2025!!

 

 

 

 

 

当然のごとく、太りましたけれどもねwwwwwwwwww

 

 

 

 

死にかけた話【退院後編】

 

 

 

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さて

その後、順調に回復、無事に退院!

病室での最後の夕食はジンギスカン

退院した夜もお外でジンギスカン

最高!

 

 

やっとシャバに帰ってきて

おうちで犬猫とまったり、頭も痛くないし幸せ〜〜〜〜♪

 

なのもつかの間

 

やって来ました

 

なにもやることがなくなった虚無感からの

鬱状態

 

今となっては

「まぁ、あれだけクソ忙しくしてて、全力疾走してたのがゼロになったんだから、そらそうだわな」くらいなもんですが

当時は本当に空っぽになってしまったことが辛くて

また違った意味で「死んだほうがマシ」になってしまった。。。

 

 

わたしってなんなんだろう?

今まではなんだったんだろう?

これから、どうしたらいいんだろう?

 

虚無感だけじゃなく怒りもあったんだよね

誰かというわけじゃなく、自分の運命というかわたしの上のひとたちっつーの?

とにかっく

 

100歩譲って、ぜーーーーんぶやめたのは別に良いよ、納得するよ。

でもね、じゃあなんでやらせたの1?

やめさせるくらいなら最初からやらせないでよ!!

やりたくないのにやれって言うからクソほど頑張ったよ、すべてを犠牲にして、限界超えるまで努力してたよ?

それをなんで全部とりあげるのさ!!!!!!!

 

 

ずーーーーーっと、こういう気持ち。

 

結婚してから今まで、何かしら「やらされて」来た。

もちろん、自分で選択して自分で決定してるんだけれど

いつもいつも眼の前に課題を差し出されて来た。

差し出されたものはちゃんと受け取って真面目に取り組んできたはず

 

なのにこの仕打ち!!!!!

ぎゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

今まで愚痴でもなんでも夫には素直に話せていたのに

今回はそれも出来ず…

夫の前では空元気、一人になるとメソメソしていた。

 

 

退院直後は当然のことながら体力が全く動け無いい&退院した8月は猛暑でバテて動けない

精神的なものもあるのか喘息やら不眠やらで体調も思わしくない

交友関係もばっさり切ったし、とにかく人と関われない

家族以外とは会いたくない話したくない繋がりたくない

ひとりおふとんの上でゴロゴロメソメソな日々…

 

 

 

 

 

ゴロゴロメソメソしながらも旧Twitterはちらちら見ていて

 

ある日、誰かがRTした記事が目に入った

 

↓これ

whitecube1.com

 

 

裏切られた感がすごかったので

スピリチュアルなことも現実的にも心情的にもかかわりをもたないよう、

情報収集なんかしないし、入ってきても拒否してたんだけど

 

 

何故かこれはひっかかったので、記事を読んでみた。

 

 

 

もう、心の中で大爆笑。

 

「これ、モロわたしのことじゃん!!!!」

 

 

そんで膝をたたいたよね心の中で。

 

なるほどね〜そういうことか。

わたしの猪突猛進が招いた結果ってことか。

 

 

納得!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし

 

納得したからといって気持ちを戻せるかというと

それはまた別問題で。

 

 

 

 

つづく。

 

 

死にかけた話【入院編〜奇跡をおこす!!】

 

つづき。

 

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さて、3日後の本検査。

 

まずは24時間の絶食。

 

昨晩抜かれた点滴用の針を早朝に入れ直す、が

これがまた「血管から逃げる!」らしく、苦戦しておる。

ギブした看護師さんが途中で交代、5本目にしてやっと入る。

注射は嫌いじゃないけどなかなかのストレス。

 

お次は

尿道からバルーンカテーテルが入れられる。

おむつを履き尿はバッグに勝手に流れていく。

これがまたなかなかに不快。こういう行為は自分の意志で行いたいものです!

うっかりしててカテーテルを入れる直前におしっこしちゃって

管からちゃんと尿が出るか確認が取れず

看護師さんに「さすが若いから全部出るのね〜。歳をとると、必ず残尿があるものだけど…」と妙な褒められ方をされる。

 

そして、なんと

意識や手足の動きの明確さをみるため、全身ではなく部分麻酔で行うとのこと。

 

意識しっかりしたまま脳の検査って超怖くない!?

まだ斜視は治っておらず目のピントがあっていないので、この世のすべてが歪んでいるのがまだマシだったのか…

 

しかーし

検査室に入って、「こ、これはハッキリと見えてたら萌えたのに!!」と思った。

手術室より全然エモい。

近未来工場というかスチームパンク風というか…

だだっぴろいその部屋は

全体的にシルバーな感じで

天井から動く巨大なモニタが何台も吊るされていて

いろんな電子音がピコピコなっている。

 

白衣の看護師さんが5〜6人居て、忙しそうに動き回っている。

 

そんな中横たわり、頭のまわりにまたいろいろな機械が置かれ

絶対に頭を動かしてはならぬとのことで身体を拘束されるワタシ。。。

 

このままキカイダーになったらどうしよう…

 

「はい〜では始めますね〜」

真打ち登場!

先日話した脳外の先生ではなく、もっと偉い人、らしい。

「とっても素晴らしい技術をお持ちの先生だから安心してください」と言われたのだった。

 

そしてこの先生のお好みはJ-POPのよう。

バンプaikoあいみょんなど。

 

さて、脳の検査なのになぜか鼠径部からカテーテルが入れられるんだYO!

お股から脳まで血管の中をカテーテルが移動する…どんな世界なんだ…

そして先生はお股のところでゴソゴソやってるのに、脳に刺激を感じる…

造影剤が入った瞬間は目は閉じてるのに眼の前に火花が散って熱気まで感じて消えていく…

不思議だ〜〜〜〜〜

なんか麻薬でもやっているみたい〜〜〜

 

頭の上の機械はなんだかゴウンゴウン言ってるし

先生は空中の大きいモニタを見ながらなんかやってるし

看護師たちは「こないだどーだったんㇲか〜」とかバリバリ私語ってるし

J-POPが流れる近未来工場

 

ちょっとコワかったけど、なんか不思議で面白かったっす。

 

 

結果は翌日とのこと。

 

さて、お股の傷にでっかい絆創膏貼られていますし、しばし安静。

 

24時間ぶりの食事は何故かおにぎり!!しかも2個!!

今までずっとお粥で、何故絶食後の回復食がお粥じゃないんだよwwwww



 

そして翌日

夫も呼ばれて一緒に検査結果を聞きに行く。

 

左首の血管は確かに細くなっている、が

必要な血流は他の血管でカバー出来ているので、今のところは急いで手術をする必要は無いとのこと。

これは一安心。

 

しかーし

 

「今後は血液サラサラの薬を飲むように」と先生。

「えっ!今後ずっとですか!?一生!?」

「細くなった血管が元に戻ることはあり得ないので、リスクのためにも飲み続けたほうが良いでしょう」

わたしが聞こうと思ったことを夫が先に聞いてくれた

「代わりにタマネギをたくさん食べるとかでなんとかならないんですかね」

失笑する先生

「あのね、タマネギで血液をサラサラにするのと薬でサラサラにするのは全然意味が違うんですよ」

説明してくれたが、もちろんわたしは「ちょっと何言ってるのかわかんない」。

 

とりあえず、1ヶ月後にまたMRIを撮って様子を見るとのことでそれまではサラサラ薬を出されることになってしまった。。。。

 

 

「これは絶対、嫌だ!絶対に治してみせる!!」

自分の中で即決。

診察室を出てすぐに夫にも「大丈夫。絶対、血管元に戻すから。」と宣言すると

夫も当然といった表情で「うん」と答えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

このあと退院〜1ヶ月後の再検査までをちょっと端折って

結果から申しますと

 

見事、奇跡をおこしましたぜ!!

 

MRIの結果を見ながら先生も不思議そう〜に

「なんでか、細くなっていた血管が元通りの太さに戻ってるんですよね〜」

 

やったぜ!!

これで通院も血液サラサラの薬も終了!!

脳神経外科とはもうオサラバだぜ〜〜〜〜〜☆

 

 

血管のためになにかしたか、というと

全く、何もしなかった。

祈るとか置き換えるとか、クリーニングすらしなかった。

 

ただ、絶対治ると決めた

そして、絶対治ると100%信じきれていた。

それだけ。

 

それが〜

いちばん大事〜

 

 

つづく。

 

 

 

 

 

 

 

死にかけた話【入院編〜え?次の手術!?】

つづき。

 

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手術当日の夜はとにかく手術した傷口から口内に落ちてくる血が不愉快で、それを出すためにあまり眠れず。

 

 

 

術後の診察では

「場所が場所(脳、眼球と繋がっている)なのですべての膿を取りきれなかったけどね、まぁ〜キレイになったほうでしょう!」

と先生。

画像?を見せてくれるが良くわからない。。。。

 

頭痛も完全に無くなったわけではないけれど、たまにズキッとする程度で

今までの死んだほうがマシレベルに比べたら天国である。

 

「まぁ〜、、目のほうもね、少しずつ良くなっていくとは思いますよ〜」

そう、斜視はまだ治っておらず、目のピントはまだ合わない。

 

もういいよ、頭痛が無いだけでもうそれでいい

 

 

 

 

食後の薬。

一度に飲む量としては人生最多!

 

 

さて。

頭痛の原因がわかって手術してあとは回復を待つばかり…

 

とはいかなかったようで!

 

一難去ってまた一難がやって来たYO!

 

 

 

 

 

mixiより引用

 

(07月21日)

膿をとる手術が終わってあとは養生して回復を待つばかり、かと思いきや脳神経外科から「首の血管が細かなり過ぎていて脳梗塞になる可能性も否めないので、改めて検査をする」と。夫にも来てもらって二人で説明を受ける。脳をいじるのは流石に怖いけどわたしはもうまな板の上の鯉状態、夫さえ同意するなら好きにして

 

 

 

手術の2日後「脳神経外科の先生が呼んでいるので行ってくれる?」

と、突然の呼び出し。

個室にて話を聞くと

 

左の首の血管が細くなっていて

このままだと脳梗塞になる恐れがあるので

手術が必要か検査をしたい、詳細を家族とも相談したいので家族を呼んでほしい

 

とのこと。

 

ええええええ また手術!?

終わったばっかなのに!?

しかも今度はダイレクトに脳!?こえーよ!!

家族を呼ぶ!?ってけっこうオオゴト!?

 

とりあえず夫にすぐ連絡をし、当日すぐに来てくれることに。

 

それにしても何故、今頃になって脳神経外科(入院前に受診してない)から呼ばれるのか不思議。

神経内科MRI、あるいは耳鼻科のCTが脳外に回ったのか?

 

呼ばれた夫もさぞかし吃驚&不安だったことでしょう。

 

とりあえずふたりで詳細を聞く。

鯉としては、嫌だとか怖いとか言ってられないんだから先生の言う通りにするしかない。

(つーか、この頃は「頭痛が無くなったそれだけでいい」状態なので他に向けて思考が働いてない。)

 

検査するための同意書(なにかあっても文句言いません)にサイン。

 

 

 

 

 

コロナで病院は面会不可だったけど、これのおかげ(?)で会うことが出来た!

帰る前に「術後夫と無事再会」記念撮影

これだとあまり斜視なのわからんな

 

 

その後、脳外用にCT撮影。

 

 

 

 

(07月21日)

脳外科のCTを撮る、為の造影剤&そのアレルギーが出ない為の薬も点滴で入れる。看護士さんは防護服(鉛のベストみたいやつ)を着ていて技師さんから「造影剤終わったら早くこっちに逃げて!」とか言われてる…それだけの放射線☢をワタクシはこれから受けるということですね…今のワタシの体内はどれだけのモノが…🥶

 

薬の量といい、今まで拒否してきたものを否応なしに体に入れられる。。。

まぁ、一ヶ月ちかくロキソニンを一日2時間おきに飲んでたしね、今更だけど。

 

 

本検査は3日後とのこと。

 

  

 

 

 

 

 

入院生活にも思いを馳せる余裕が出てきた。

 

(07月21日)

家でひたすら痛みと熱に耐えていたとき夫への負担も気にかかり「いっそ入院させて」と願ってた、それは叶えられたな🥴毎日清潔なものに取り替えられるシーツにタオル、寝間着。黙っていても出てくる食事。清潔な部屋で過ごせるだけでもストレス激減。療養に専念出来る環境に感謝しようexclamation

 

 

入院できて、本当にありがたかったな〜

 

 

3日後には入浴許可。

点滴の針は入れたままで、そこを防水テープでぐるぐる巻にしてもらい、シャワールームへ。

 

(07月22日)

入院(手術)して初シャワーシャワーこんなにすぐ入れるとは。しかし何もかもが整い過ぎていて「普通の生活に戻れるのか」と不安になる🤣清潔な浴室内には病人用に椅子が用意され浴室から出れば清潔なマットとシーツが敷かれた椅子でひと休み。タオルも寝巻きも新しく物が用意されてある。

 

なによりもありがたいのは、風呂場も洗わなくて良いし、洗濯もしなくて良いという点だexclamation ×2部屋の掃除や食事もそうだが、結局すべてにおいて【後片付け】【元通りにする】この労力たるや…泣き顔家事って結局ほぼソレなのでは、という気すらする。そこから解放されているこの数日だけでも有り難みしかない…

 

本当にありがたかったな〜(二回目)

 

 

 

 

(07月23日)

たいぶ、気持ちが外に向いて来た。今までは自分の痛み身体の辛さで精一杯、思考も行動も全く動かなかったけれど。外の景色が見たい、外の空気が吸いたい、と思って少しデイルームで過ごした。少し本も読めたし、夜は動画見る観たりして。◯◯がしたい、欲しいと思えるのは【生きる】ことに余裕がある証拠なんだなぁ。

 

デイルームからの景色。

少しでも空や緑や水、自然を眺めたくてほとんどここで過ごした気がする。

 

このあたりからヒマすぎて携帯でパズルゲームを始める。

今までは「携帯で遊んでる暇あったら自己を高めるもの書籍、動画等を見たほうが良かろう」と軽蔑すらしていたものだが…

 

自己を高めるってナニwwww(今だから言える)

 

 

 

 

 

 

つづく。